野田俊作の補正項
             


立ち位置を決める(2)

2013年03月11日(月)


本日の読書
 今日は絶対的休日にして、仏教関係の本や論文を読んでいた。東日本大震災から丸2年経った。まだ海岸沿いは瓦礫の片付けが済んだ程度だとか。一日も早い完全復興を願っている。

 1991年だと思うが、松本史郎『縁起と空』(大蔵出版)という本を読んで、如来蔵(仏性)思想の問題点に気がついた。それは同時に、日本仏教の問題点に気がついたということでもある。すべての日本仏教が、程度の濃淡はあれ、如来蔵思想に立脚しているからだ。当時、アドラー心理学と仏教の比較研究をしていたが、自分は仏教について根本的に誤解しているのではないかと怖れた。それで、本気で仏教を学びなおさなければならないと思って、佛教大学の通信教育で仏教学の勉強をした。そこでは、チベット仏教を通じてインド大乗仏教の勉強を中心にしていたのだが、理として学んでいるうちは如来蔵思想なしでいっこうにかまわなかった。

 けれど、一昨年くらいから実際にチベット仏教の行をはじめてみると、わりと簡単に法身顕現が起こるものだから、法身(あるいは法界あるいは如来蔵あるいは仏性あるいは真如)をどうしても仏教哲学の文脈のどこかに位置づけなければならなくなった。法身顕現(仏教の枠をはずして一般的にいうなら聖体示現)は、紛れようのない体験で、それを夢だとか幻想だとか言ってしまうのは、きわめて難しい。

 たとえば、こんなことだ。むかし北海道の日高山脈の神威岳(かむいだけ)という山に登ったことがある。頂上まで登って下り始めたとき、霧が出た。その霧が一瞬晴れて、数百メートル離れたところにある垂直の崖が見えて、また霧の中に溶けていった。それは一生忘れることができないだろう美しい風景だったのだが、その崖が現実に存在したのかどうか、すこし不安になった。しかし、もう一度霧が晴れればもう一度見えるだろうと確信していたので、崖の実在を疑わなかった。法身顕現の中で見える世界の風景もそのようなもので、一生忘れることができないほど確実な風景なのだが、しばらくすると雑念の霧の中に消えてしまう。しかしまた霧が晴れることがあれば同じようにそこに存在しているだろうと確信できる。幻想だとか夢だとか言い切るには、あまりにもリアリティがある。

 法身顕現が起こると、それを織り込んで暮らしていかざるをえなくなるのだけれど、そうすると自己世界理解の中にその現象を無矛盾に組み込んでおかなければならなくなる。有神論者だとこれは簡単で、神と出会ったのだと言えば、それでおしまいだ。ところが、仏教は神の存在を否定している。仏教を捨てて有神論に改宗すればいいじゃないかと言われるかもしれないけれど、法身顕現の一事を除いては、仏教哲学は実に整合的にできていて、とてもじゃないけれど矛盾に満ちた有神論哲学に乗り換える気にはなれない。それで困ってしまうわけだ。

 困ったのは私だけではなくて、むかしの修行者も同じ壁にぶつかったようだ。まだインドに仏教があった時代、顕教は出家して僧院にいる僧侶たちが担っていて、密教は成就者と呼ばれる民間の修行者たちが担っていた。いつごろからそうなったのかわからないが、西暦紀元を過ぎたころには、すでにそうなっていたようだ。顕教は理論だからそう簡単に進歩しないけれど、密教は技術だから、次々と強力な方法が開発された。その結果、成就者たちは比較的簡単に法身顕現を体験するようになった。ところが、僧侶たちは、学べば学ぶほど迷いは深くなったようで、それで還俗して成就者になる人たちがあらわれた。たとえば、私の師匠筋にあたるナーローパもマイトリーパもそういう人だ。一度は学僧として名をなしたようだが、僧院を見捨てて民間の成就者の弟子になった。やがて、法身顕現を体験したのだが、それを顕教の言葉で語り直す必要を感じた。つまり、法身などの言葉を、空などの言葉と関係づけようとした。

 その人たちが仏教史上はじめて困ったわけではなくて、彼らよりも何百年も前に、『宝性論』を書いた人がいて、その人も同じ問題をかかえていたようだ。しかし、それが書かれた時代には、顕教と密教の間の溝は深かったみたいで、『宝性論』は、顕教側からは無視されてしまったし、密教側の人は学がないのであんな難しい論書は読めなかった。6百年ほどの時を経て、ナーローパやマイトリーパの時代になると、僧院は、イスラムの侵略の結果力が弱まり、密教は、無上瑜伽タントラという新しい方法の発見で実力を高めていたので、僧侶が僧院を見捨てて密教を学ぶことが簡単になり、法身顕現を体験して困ることも多くなり、そこで誰かが『宝性論』を思い出したようだ。

 『宝性論』は、膨大なチベット語訳経典の中で、如来蔵思想についてまとまって書かれた唯一の論書だ。支那(しつこく念を押すが、仏教ではそう言う)と日本の如来蔵思想の典拠は『大乗起信論』なのだが、この論書はたぶんインド撰述のものではなく、支那で偽作されたものではないかと疑われている。だから、チベット語訳はない。チベットでも、インドと同じ問題が起こり続けた。つまり、僧院の顕教と在家成就者の密教との間の緊張関係があった。そこで、インドと同じ出来事がおこった。これも私の師匠筋にあたるガムポパは、はじめは僧院で顕教を学んだが、それに飽き足らず、成就者ミラレパの弟子になって、法身顕現を体験した。それで彼は『宝性論』を読んで、それにもとづいて顕教を再組織した。

 法身顕現の体験さえなければ、如来蔵思想は要らない。縁起と空ですべて間に合う。しかし、法身顕現の体験なしに、ただ頭で仏教の理論を理解しているだけでは、仏教徒として生きることが難しい。仏教徒として生きるとは、一切衆生に対して慈悲をもって生きることだ。私が思うには、それは生身の人間にできる「わざ」ではない。だから、仏菩薩の加持力に頼らなければならない。仏菩薩の加持力に頼るためには、仏菩薩の実在を信じなければならない。仏菩薩の実在を信じるには、法身顕現の体験があった方がいい。神がかりなことを言っているのは知っているけれど、仏教徒が2,500年間考え続けて到達した結論がこれなんだし、それに較べて、自然科学や社会科学を含めた西洋哲学の結論なんて、たかが知れている。それに、西洋哲学の結論が世界中で人殺しをしているのが現実なんだし。しかし、仏菩薩であれなんであれ、「実在を信じる」なんて、無常・無我・縁起・空の仏説に反することおびただしい。そこでみんな『宝性論』を読むことになるわけだ。先輩たちと同じ道を私も歩いているが、なかなかこの道も遠いな。